TOHO見聞録1970/vol.52（ハノーファー）

ついに穴があいた靴

　朝、靴を買いに出かける。
　イタリアで買うつもりで、古い靴を履いてきたが、意外に丈夫で、不必要な無駄遣いをすることもあるまいと思って居るうちに、イタリアを過ぎてしまったが、ハイデルベルクで穴が開き始めた。あまり気に入ったものは無かったが７９マルク投じて、やたらキュウキュウ鳴く靴を買ってきた。
　帰りにラートハウス（市庁舎）を見てホテルに戻る。

　フランクフルトで川中さんに差し入れて貰った醤油と味の素を使って手打ちうどんを作ってみようと考え、スパーマーケットまで小麦粉を仕入れに行き、朝のうちから粉を練っておく。

　練習の前にメンバー達に対して檄を入れる演説をするようにと、斉藤教授から命令があった。もう少し日頃からメンバー達の信頼を得られるような立場にしておいてくれれば、激励演説も少しは役に立つのだが、いつも斉藤教授の指令を伝える立場なので、私が指揮台に立って「この旅行の最大の山場であるベルリンの演奏会を控えて、この際もう一度気を引き締めて欲しい」などと言っても空気は白けるばかりである。
　それにしても、指揮台から客席を見ると、気が遠くなるほど、このホールは大きい。

　その後、練習が始まったところを見計らって、中間食を仕入れに駅前デパートへ行き、パンと牛乳を買い集める。ここでも、アッハツィッヒ（80）と云うと[アッハツェーン?（18)」問い返される。「80個のパン」と紙に書いて見せると、売り場は大騒ぎ、見る見るうちに黒山の人だかりになる。

　そのうちに、お節介なおばさんが人だかりをかき分けてやってきて、「あんた達は一体何をしているのか？」としつっこく聞き、まわりのおばさん達も同調して、「この人は気が狂ったに違いない」と言い出す始末、こちらは毎度のことで慣れているが、「私は日本のオーケストラの一員で・・・・・・・」と一いち説明するのも飽きてきた。

　今夜のコンサートはモーツァルト『ディヴェルティメント』、バルトーク『ディヴェルティメント』（以上2曲、尾高忠明指揮）、バーバー『弦楽のためのアダージォ』、チャイコフスキー『弦楽セレナーデ』（以上2曲、秋山和慶指揮）というプログラムであるが、どんな具合か心配になり、ホールに戻ってみると、聴衆は八割の入りで、昨夜のチェリビダッケのコンサートよりはるかに盛り上がっているのでほっと一安心。

　ホテルに帰って、昼のうちに仕入れておいた豚肉とねぎ（日本の長ネギに近いもの）を使ってうどんを作る。
　朝からねっておいたたねを「アイヌの歌」で使う和太鼓のばちでのばして、手打ちうどんを作り、例の簡易湯沸かし器を使って茹でるという、やたらと手間のかかる作業だが、サバイバル活動だと思えば結構面白い。

　お客もトウサイをはじめ続々とあらわれ「なんか、うすぎたねーな」などと云いながらも喜んで食べ、営業が終わったのは午前2時であった。

クッペルザールでのＧＰ

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