TOHO見聞録1970/vol.58（ハッダースフィールド～マンチェスター～デン・ハーグ）

最後の難所

　朝６時半、バスに乗り込む。この辺まで北上すると、午前１０時頃にならないと日が射してこないので、６時半といえば、真夜中同然である。

　マンチェスター空港を９時に出発するはずの飛行機が、オランダのロッテルダムが濃霧のため出発出来ない。霧が出るのはイギリスの方かと思っていたが、どうやら、オランダの方が天候が悪いらしい。

　２時間機内で待ったが、ついに最悪の場合はブリュッセルに降りる、ということでやっと離陸した。この飛行機は我々以外は乗客がいないため、チャーター便のようなものだ。ロッテルダムはやはり霧が濃く、しばらく上空を旋回していたが、ほんの一瞬の晴れ間をぬって強行着陸を敢行、恐ろしくスリルに満ちた着陸だった。

　我々がバスに乗り込む頃には、もう一面地を這うように霧がひろがり、放牧されている牛が足から消えていく様は、この土地しか見ることが出来ないだろう。
　ロッテルダムからデン・ハーグまでの道中は家並みがいかにもオランダらしく、面白い。畑に引かれた水路の水位が異常に高く、すぐ水が溢れそうにみえる。やはり、海抜がひくいせいだろうか。よく、「地球は神様が造ったが、オランダはオランダ人が造った」というほど、干拓によって国土を広げていった経緯がある。

　移動のバスの中で斉藤教授と楽器の到着時間とリハーサルの時間を検討し、契約の関係から、本番に楽器が間に合えば、演奏はするという態勢で臨むことにする。

涙をのんでバカンス

　ホテルはスヘフェニンゲンという北海に面した海岸にあるリゾートホテルで、なにか我々にとっては、見当違いな気がする。誰かが「これで本番がなければ最高だよね」と小声で言っている。

　現地マネージャーのヴェーグ女史と話し合った結果、午後５時までに楽器（コントラバス・チェロ・指揮者の衣装など）が着かなければコンサートは中止しても良いということになり、メンバーを足止めして待機する。

　やがて、誰の祈りが通じたのか、貨物機が着陸不可能でロンドンに引きかえした、という連絡が入り、ついにコンサートは中止。何だか気が抜けたような、助かったような複雑な心境である。これでこの旅行で２回目の本番キャンセルということになった。
　外国で66日に36回の本番をやるいうことが、いかに、無理かということが身にしみて判ったが、あとはパリへ移動して5回の本番というスケジュールなので、もう、こんな問題は起きないだろう。

　夕方になって、ロッテルダム・フィルハーモニーに所属している岸辺百々雄夫妻、ヴィオラの今井信子さん等が現れ、話を聞いてみると、この街は外来の演奏家には冷淡で、オーマンディとフィラデルフィア・オーケストラが来ても、半分もチケットが捌けず、ダンピングをしても、やっと7割しか聴衆が集まらなかったそうだ。

　思わぬ休養日が出来て、のんびりとスヘフェニンゲンの海岸を散歩したが、北海の波は荒く、風も冷たい。

　これで、あとはパリまで列車の旅をすれば、移動は終わり、パリで5回の演奏会が終われば、晴れて日本に帰ることが出来る。無事日本に帰国出来たら、海の見える温泉にでも行って4・5日休養しようなどと考えながら、眠りに落ちた。

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