TOHO見聞録1970/vol.24（パレルモ）

危うく逮捕?!

　午前３時半起床。結局一睡もできなかった。
　部屋割表を片手に川崎氏とホテル中を駆け回り、メンバーを起こしてまわる。
　外はまだ暗かったが、いつものように一糸乱れぬ行動でバスに乗り込み、ソフィア空港へと向かう。
　東欧諸国の空港での出入国の手続きは、我々のような身元の知れた団体に対しては意外とチェックが簡単で、最後まで１度もトラブルがなかった。

　今日は飛行機の乗り継ぎだけで１日が終わることになっている。
　まずはバルカン航空でチューリッヒへ移動。
　スイスに近づくにつれて晴れ間が見えはじめ、美しい山々が眼下に見える。
　チューリッヒの明るい空港に降り立ったとたん「あぁ！これで自由だ！」という気持ちが強烈にこみあげてきた。
　自分ではそれほど意識しているつもりはなかったが、やはり政治体制の違う国を旅してまわる緊張感はずっと感じていたらしい。

　ところが……「自由の国」で最初に目に入ったものは驚くべき光景だった。
　なんと、迷彩服を着て自動小銃を構えた兵隊が10メートルおきに立っているではないか！
　いったいこの厳戒態勢はなんなのだ?!
　ロビーに出たとたん「早く手荷物検査を受けろ」とせかされ、男女別々に急造のベニヤ板の囲いに一人ひとり入れられ、厳重な検査が行われた。荷物も全部ひっくり返して調べられたし、カメラにいたってはレンズを外してみせろとまで言われた。
　あまりにも検査がしつこいので、こちらもだんだん不愉快になってきて、係官にドイツ語で「氏名」「年齢」「行き先」「職業」を尋ねられたが、黙って首を横にふったまま答えなかった。

　困った相手は、フランス語、英語、イタリア語といろいろ言葉を変えて質問してきたが、あくまでもわからないような顔を続けていたら、ついに諦めたのか、待合室に入れてくれた。
　最後に「飛行機は12時半に出発だ。18番搭乗口だから間違いないように行け！」とドイツ語で言われる。
　さすがスイス人だけあって、独、仏、伊、英ぐらいは皆ぺラぺラのようだ。

　その場では厳戒態勢の理由がわからなかったのだが、あとでわかった。
　どうやら９月６日に大規模な同時多発ハイジャック事件があったばかりなのだという。
　それを聞いて、あんな真似をしてよくもまあ捕まらなかったものだと肝を冷やした（カメラで何か撮ってみろと言われたときに係官にレンズを向けたときにはさすがに激怒されたが…）。

　チューリッヒからローマまではスイス航空で移動した。
　搭乗すると、妙な日本語のアナウンスが流れ、「スイス航空から日本人のお客様へのサーヴィスとしてこれから『いなり寿司』をお配りします」という。
　粋なはからいに喜んだのもつかのま、出てきたシロモノに驚愕した。
　たしかにご飯が油揚げに包まれていたが、油揚げにもご飯にもまったく味がついていないのだ。ご飯は酢飯ですらなかった。
　これを「いなり寿司」だと教えたのはいったいどこの誰なんだろうか。

チューリッヒへ向かう機上から見えた山並み

厳戒態勢のチューリッヒ空港

フライト待ち６時間

　まもなく、上空からは氷に覆われたアルプスが見え、谷間に光る湖も目に入った。
　２時過ぎにローマのレオナルド・ダ・ヴィンチ空港に到着。
　ここからシチリア島のパレルモまでは、アリタリア航空の国内線に乗り換えになるが、オーヴァーブッキングで同じ便に全員乗ることができないと判明。
　やむをえず、先発と後発にわかれて搭乗することになった。

　私は後発グループとなり、午後９時までの６時間、空港ロビーで待つことになる。
　ここでさらにトラブル発生。
　チューリッヒ〜ローマ間での荷物の扱いが乱暴だったらしく、チェロ一台にネックの損傷が発生した。
　これについては待ち時間を使ってトーサイがローマ市内の店に修理しに行くこととなる。

　ローマの空港の治安の悪さは世界的に有名だ。
　トーサイの命により、全員のトランクの取っ手にロープをくくりつけてひとつなぎにし、交代で荷物番をつとめた。
　ここで、添乗員の交替があり、中村氏の代わりに長嶺氏が合流した。
　長嶺氏もスーツケースが行方不明になりやっと今日戻ってきたのだという。

　豪快な中村氏とは対照的に、長嶺氏は穏かで細かいところに気を遣うタイプのようだった。

　空港内の両替所で20ドルをリラに変えてみると「１万2050リラ」になった。
　安っぽい札だが、サイズだけはやけに大きい。
　100リラが58円というレートであるが、どうも単位が変わると金の価値がわからなくなる。面倒だから円の半分という大雑把な計算でいくことにする。

　飛行機は結局出発が遅れて９時半にようやく搭乗することができた。
　パレルモ空港からバスで30分、くたくたになってホテルに着いたのは午後11時であった。

　シチリア島はさすがに南国という感じである。
　気温も20度と一気に暖かくなった。
　今朝のソフィアの気温はマイナス10度だったから、１日で30度も気温が変わったことになる。
　日本ではなかなかできない体験だ。

ローマへ向かう機上から見えたアルプス山脈

同じくアルプスの山並み

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