10月20日(火)──晴れ
行 程 |
午前→休養
午後→観光
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演奏会 |
───
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宿 泊 |
ホテル・ジョリ(パレルモ)
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時 差 |
-8時間(東京比)
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通 貨 |
100リラ=約58円(イタリア)
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朝、レストランに行くとあらためて「東から西へ」抜けたことを実感させられた。
とにかくすべてが明るいのだ。
ウェイターたちも陽気だし、パンもコーヒーも感動するほどおいしい。
デザートにりんごが出てきたので、出発前夜に羽田東急ホテルでナイフとフォークでりんごを食べるというしちめんどくさいやり方のレクチャーを受けたことを思い出し、ここぞとばかりに訓練の成果を見せようと、習った通りに食べようとしたらウェイターがあわててとんできた。
何やら大声で叫んでいる。「トゥット、トゥット(丸ごと齧れ)」と言っているらしい。
羽田東急ホテル式はあえなく却下された。
少々がっかりしつつも、「ではせっかくだから日本人の手先の器用さを見せてやるか」ということになり、皆でいっせいにりんごを手にとって皮むき競争を始めた。
ふと気がつくと、尼さんが引率している子供たちの団体がじっとこっちを見ている。どうやらりんごのむき方に興味津々らしい。
しばらくすると、女の子が数人やってきて物珍しそうに我々の手元を覗き込んだ。
最初のうちは尼さんに注意されてしぶしぶ戻っていったが、ついに我慢できなくなったのか、そのうちの一人が自分のりんごをむいてくれと差し出してきた。
むいてやったら他の子供たちも次から次へとりんごを持って集まってきて、あっという間に10数人の行列ができた。
こちらも楽しくなって次から次へとむき続けていたら、列の最後に尼さんが立っていて、にっこり笑って自分のりんごを差し出したので仰天した。
この頃にはウェイターたちも見学に集まってきていて、すべてのりんごを剥き終えたときには拍手がわき起こった。
今日は、午前中が休憩で、午後からモンレアーレまで観光に出かけることになっていたが、体調の悪いメンバーが出たため、私もホテルで留守番することにした。
東欧圏での緊張の日々が大きなダメージを与えていて、さすがにこのへんで休養しないと心身ともに限界だった。
自室で洗濯をしたり風呂に入ったりして、あとはベッドにひっくり返ってダラダラと過ごした。
皆が帰ってきたあとで街へ出てみた。
狭い路地にある小さな自動車修理工場の店先に裸電球が光り、目つきの悪い若者たちがたむろしている。上を見ればナポリタンフラッグと呼ばれる旗のように連なる洗濯物がはためいている。まさにデ・シーカの映画『自転車泥棒』に出てくるような光景だった。
どこが街の中心か分からないので、適当に明りの見える方向へ歩いていると、どこからか中年の男が現れて「コンニチワ」と日本語で話しかけてきた。
イタリア語、日本語、英語ごちゃまぜで「私は船乗りで、日本へ行ったことがある。サセホ、ツルガ」と言う。
意外にマイナーな地名が出てきたことにちょっと驚く。
「日本はファンタスティックだ。日本人は大好きだから、街を案内してあげる」と話す男。
メチャクチャ怪しい。
これが噂にきくイタ公の詐欺師だなと思って返事もせずに足早に歩き出したが、敵もしつこく、ひたすらしゃべり続けながらあとを追ってくる。
「ノン・グラーツィエ(まにあってます)!」と叫びながらほうほうのていで逃げ出し、目の前にあるバルに飛び込んだ。
立ち飲みでエスプレッソを飲もうと注文をしていると、いつのまにか11〜12歳ぐらいの男の子が数人集まってきて、人の顔をジロジロと覗き込んでいる。
イタリアの赤ん坊はラファエロが描く幼子キリストのように可愛いが、3〜4歳くらいになるといきなりこすっからい顔つきに変貌するので油断がならない。
この旅行のために有り金をはたいて買ったニコンをやられては大変とカウンターの上に置いて手で押さえていると、カメリエーレが口汚くののしって子供達を追い払った。
あとで気がついたことだが、あのガキどもはエスプレッソマシーンの前からできあがったエスプレッソをテーブルまで持って行ってチップをもらう魂胆だったらしい。
ふとカウンターを見ると、果物皿の上に見事なオレンジが置いてあるので、値段を聞いてみたところ「チェントリレ」だという。
シチリアのオレンジが100リラ(約58円)で買えるなら安いような気がして3つ買って帰った。
今日の冒険は東欧圏とは違うスリルがあった。
東欧圏では、やる気のなさからくる約束不履行は山のようにあったが、ひったくりや詐欺などに対する警戒は必要なかった。
心のどこかで「西側に抜ければ安心できる」と思い込んでいたが、今日の短い散歩で西には西の緊張感が必要なのだと思い知った。
これからは「自分の身を守ること」を常に考えながら行動していかなくてはならないだろう。
ホテルに帰ってさっそくオレンジを試食してみたが、甘みも水分も足りない期待はずれなものだった。
オレンジまで人を騙すとは、まったく油断も隙もない町だ。
ホテルの部屋は川崎氏との相部屋で、いろいろ話をしているうちに、午前3時になってしまった。
このところ、やや不眠症気味なのは、疲労とタバコの吸いすぎのせいか。
一方、毎年この季節になると必ず胃の具合が悪くなるのだが、旅に出てからは不思議と調子がいい。
私には案外こちらの食べ物が合っているのかもしれない。