TOHO見聞録1970/vol.33（ヴィーン）

剣が峰のヴィーンへ到着

　朝８時20分発の汽車でヴィーンへ向かう。
　10時間の長旅も、音楽会が控えていなければぐっと気が楽である。
　西欧に入ってこれが初めての国境通過となるが、東欧に比べるると拍子抜けするほど簡単なものだった。
　ボーダーを超えたという実感はないが、車窓から眺める風景はごく自然にオーストリア風へと変わっていった。

　午後６時過ぎにヴィーンに到着すると、駅のホームでこの旅後半の団長をつとめる戸田邦雄教授と、当地に留学中の同窓生たちが出迎えてくれた。
　駅前では、これからオーストリア、スイス、ドイツの旅につきあってくれる２台のバスと４人のドライバーが待っていた。

　ヴィーンでの宿はプラターに近く、リングシュトラーセ（環状道路）の外側にある。
　ハイネシュトラーセという通りの名前はいかにも閑静な感じだが、夜になると街角にあやしげな女性があちこちに出没するような場所だった。

　音楽の都ヴィーンは、今回のツアーの中で剣が峰といってもいい場所だった。
　この街での評価によって、今日までの桐朋学園の教育の成果すべて決められると言っても過言ではない。
　この思いは斎藤教授ばかりでなく、メンバー全員の思いでもあり、日本の音楽界もこの街の反応に注目していた。

　しかも演奏会場は、ヴィーンで最も格式の高いあのムジークフェラインザール（ヴィーン楽友協会大ホール）である。
　ここで演奏できるということは音楽家にとって最高の栄誉であり、いやが上にも興奮が高まる。

　明日のコンサートを控えて、この日ばかりはさすがのメンバーたちも早々に寝てしまったようだ。
　就寝時の見回りを終えて１階のラウンジへ行くと、長峰氏と現地添乗員シュミット氏がいたのでいっしょにビールを飲む。
　シュミット氏はホテルプランという旅行会社のガイドだが、スイス人らしく語学が達者で英・独・仏・スペイン語がペラペラである。
　３人でメンバーのうわさ話などをしながら楽しく過ごしたが、シュミット氏がわずか10日ばかりの間に女性メンバーの名前をほとんど覚えていることには驚嘆した。
　しかも「あの子はいつも孤独でいるようだが何か問題があるのか？」など個々のデータまでしっかりインプットされている。ただし、そのデータは女性に限られていたが…。

　ヴィーンで一番不便なのは、ホテルにレストランがなく、街のレストランを使わなければならないことだった。
　ホテル、レストラン、ホールの３カ所を廻らなければならないのは多大な時間のロスだ。２晩しか滞在できないヴィーンでこのロスはじつにもったいない。

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