10月29日(木)──雨のち曇り
行 程 |
午前→希望者のみバスで市内観光
午後→リハーサル
19:30〜本番(16回目)
|
---|---|
演奏会 |
楽友協会大ホール(ヴィーン)
|
宿 泊 |
ホテル・アム・アウアガルテン(ヴィーン)
|
時 差 |
-8時間(東京比)
|
通 貨 |
1シリング=14円(オーストリア)
|
行 程 |
午前→希望者のみバスで市内観光
午後→リハーサル
19:30〜本番(16回目)
|
---|---|
演奏会 |
楽友協会大ホール(ヴィーン)
|
宿 泊 |
ホテル・アム・アウアガルテン(ヴィーン)
|
時 差 |
-8時間(東京比)
|
通 貨 |
1シリング=14円(オーストリア)
|
昨夜は相部屋でよく眠れなかったため、今朝も早朝から街歩きに出かける。
シュテファン大聖堂のゴシック風の塔を目指して歩き始めたが、時間がなくなって途中で引き返すはめになる。
帰り道、銀行に寄って両替をし、電気屋で湯沸かし器を買う。
湯沸かし器といっても、ニクロム線を絶縁パイプで覆っただけの簡易型だが、水を入れたコップにこれを入れてソケットを差すだけでわずか2~3分でお湯が沸く。
この道具さえあればいちいちルームサーヴィスで熱湯をもらう必要もなくなるし、心おきなく日本茶を飲むことができる。
これからは海外旅行の必需品になりそうだ。
午前中は、希望者だけを募ってバスで市内観光に出かける。
シェーンブルン宮殿は雨のため庭を散策することはできなかったが、宮殿内部は評判通り豪華な装飾や調度品が並んでいて目を奪われた。
イタリアの、見る人を威圧するような大理石の力量感とは異なり、きわめて装飾的でデリケートな美しさを持つ宮殿だった。
その他の名所は時間の都合で車中から見物するしかなかったが、この街も再度訪れてみたい場所リストに入った。
午後、演奏会場であるムジーク・フェライン(楽友協会大ホール)へ行く。
さすが「音楽の殿堂」とうたわれるだけあって、金色に輝く内部の装飾は圧巻だった。
その上アコースティックが素晴らしく、響きの心地よさといったらうっとりするほどだ。
今夜は、ヘンデル『コンチェルト・グロッソ』、チャイコフスキー『弦楽セレナーデ』(以上2曲は斎藤秀雄指揮)、ストラヴィンスキー『ミューズの司るアポロ』、小山清茂『アイヌの歌』(以上2曲は秋山和慶指揮)というプログラムでヴィーンの聴衆に挑戦することになっている。
響きのよいホールでのリハーサルは順調に進んでいた。
ところが、ここでまたもや大事件が勃発する! あまりの緊張のためか、トーサイの体調がおかしくなり、本番は振れないと言いだしたのだ。
ヴィーンで指揮をすることはトーサイにとって生涯の夢といってもいいほどのものだった。
その実現を目前にしてなんということだろう!
たしかにヴィーンの聴衆は世界一保守的だ。
ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンが活躍した「音楽の故郷」という強烈な自負を持っており、外来の演奏家をほめることはまず滅多にない。
ヴィーン風と言われる独特の軽快で心地よい演奏スタイル(ゲミュートリッヒカイト)を史上のものと考え、異論は認めないという頑固さは筋金入りだ。
オーケストラはもちろんヴィーン・フィルハーモニー(ヴィーンの人々は『我々のオーケストラ』と呼ぶ)が世界最高峰であり、それ以外のオーケストラは「それに比較してまあまあかな」というのがせいぜい一番ましな評価だ。
トーサイはそのことを骨身にしみてよくわかっているので、ただでさえあがり症の彼が極限にまで緊張が高まってしまったのも無理からぬことであった。
とにかく「斎藤教授は病気のため指揮者を変更させてほしい」と西ヨーロッパ総マネージャーのタウプマン氏に申し入れるが、「契約内容と違うのは困る」とかなり頑強につっぱねられる。
「だいたい彼のどこが病気なんだ」とチラリと客席に目をやるタウプマン氏。その視線の先にはリハーサル内容に大声でダメ出しをしているトーサイの姿が…。
重責から解放されてすっかり気が楽になったのだろう。アンチクショウ。人の苦労もしらないで…!
私は大汗をかきながら「彼は病気というか、その…神経のほうが…」と自分でもわけのわからない苦し紛れの説明を必死にして、最終的になんとか交代を承諾してもらうことができた。
トーサイはといえば、私のご機嫌をとろうとでもしたんだろうか。
「村上さん、ほらあっち。2階席からだと全体がきれいに撮れるよ」と気味が悪いほどはしゃいでいる。
今までは私がカメラを持っているだけで「遊びにきたんじゃないんだから!」といやな顔をしていたくせに、この豹変ぶりはいったいなんなんだ。
気分が悪いならホテルに戻って寝てろ!という言葉がのど元まで出かかった。
トーサイのドタキャン発言はメンバーにも動揺を与え、お手並み拝見といった余裕の表情の聴衆を前にして我々は絶体絶命のピンチに陥った。
しかし、こういうときにこそ日頃の鬼のような訓練の成果が生きるのだ。
今回の演奏旅行には、トーサイの他に、秋山和慶、小泉紘、尾高忠明、井上道義という4人の指揮者が加わっており、それぞれのレパートリーを持ったうえで、いざとなれば全レパートリーを誰もが指揮できるように入念な準備がおこなわれていた。
本番ではその底力が遺憾なく発揮され、代役でヘンデルを振った尾高氏も、残りの曲を指揮した秋山氏も素晴らしい熱演を見せてくれた。
演奏が終わり、世界一うるさいと言われるヴィーンの聴衆が熱狂しているのを見た瞬間は、我々も興奮を禁じ得なかった。
最大の難局を切り抜けたメンバーたちは、緊張から解放され、良い気分で食事を楽しみ、意気揚々とホテルに引き上げた。 そんな我々を待っていたのは、おそろしく不機嫌な顔をしたトーサイだった。
帰りが遅いことも、大声で浮かれていたことも気に入らなかったのだろう。
「静かにしろ!こんな夜遅くに大声で騒ぐんじゃない!」と一喝され、晴れがましい気分は一気にトーンダウンした。
トーサイの気持ちもわからないではなかったが、こんな態度をとられたらメンバーたちも「誰のせいでこんなことになったと思ってるんだよ」と言いたくなるのは当然だろう。
メンバーだってトーサイの指揮でヴィーンで成功を収めるのが夢だったのだ。
まずい。これは荒れるぞ……。
いやな予感がよぎった。
予想通り、この出来事が起爆剤となって、メンバーの不満が一気に爆発した。
夜中になってから、「みんなの総意」を伝えるために代表が私の部屋を訪ねてきた。
いわく、練習がきつすぎて体力の限界を超えている、自由時間が少なすぎて息が詰まりそうだ、ヴェネツィアで1分たりとも観光をさせてもらえなかった、などなど。
今まで蓄積された、でも吐き出せなかった不満が怒濤のようにあとからあとから噴き出して来た。
内容はいちいちもっともなことだった。
80名近い人間が、長期にわたり、厳しい規制の中で一糸乱れぬ行動をしながら、なおかつ大切な使命を果たす……これは大変ストレスフルな難事業だ。
「音楽を演奏する」というおおいなる目的がかろうじてみんなを結びつけていたが、それがなかったら、この団体は旅の前半でとっくにバラバラになっていたことだろう。
旅はまだようやく折り返し地点にたったばかりだ。
このあと、ザルツブルグ、ミュンヘン、ベルリン、ロンドン、パリなど重要なコンサートがまだまだ続く。
ここで今までの膿を出し切り、もう一度結束を固める必要がありそうだ。
メンバー代表との話し合いは午前3時にまで及んだ。
ヴィーンの演奏会評
「去る木曜日、ヴィーン楽友協会大ホールで日本の桐朋学園弦楽オーケストラの演奏会が行われた。
演奏会では、ヘンデルの『コンチェルト・グロッソ』、チャイコフスキーの『弦楽セレナーデ』、ストラヴィンスキーの『ミューズを司るアポロ』、小山清茂の『アイヌの歌』などの作品が完璧なテクニックで奏でられた。
桐朋学園弦楽オーケストラは、東京にある有名な音楽大学のオーケストラであるが、現在、ヨーロッパを演奏旅行中で、最後の演奏地であるパリでは、なんと5回もコンサートをおこなうほどの人気だという。
ヴィーンではそんな期待を裏切らない見事な演奏を聴かせてくれた。
この日の演奏を聴く限り、彼らは世界でも最も完成されたオーケストラだと云っても過言でないだろう。
このオーケストラがこんなにも評判を呼んでいるのは、なんといっても構成員の一人ひとりが厳しい訓練に裏打ちされた規律正しい演奏をおこなうことができるから。
オーケストラ全員によるフォルテで始まる場面でも、60名のメンバーが一体となって、寸分の狂いもなく美しいハーモニーを創り出すのである。これはまったく奇跡といっていいだろう。
特に印象的だったのは、アンコールに演奏されたパガニーニの『無窮動』が奏でられたときだった。
第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリン、計30名のヴァイオリニストの演奏は、まるでたった一つの楽器から流れ出るかのような素晴らしい音色となって聴こえてきた。
ヴィオラ、チェロ、コントラバスの伴奏も立派なものであった。
彼らは全員曲を暗譜し、立って演奏したのである。
演奏が終わったとき、聴衆はその素晴らしい熱演にすっかり魅せられてしまった。
このオーケストラのテクニックは、ヨーロッパの標準のレベルを遥かに上回っている。
それは遠い日本からはるばるやってきたこの若い音楽家たちがいかに真剣に音楽を勉強してきたか、そしてそのことをいかに大きな誇りにしているかを物語っている。
この日は尾高忠明、秋山和慶の2人の指揮者が指揮をつとめた。
指揮者はオーケストラを一つにまとめる大きな責任があるわけだが、これほど優勝なオーケストラの指揮をつとめられる指揮者はなんと幸せな人たちだろう。(Franz Tassie)」
ここまで褒められることはかなり珍しい。
テクニックのことばかりほめようとするのはいかにもヴィーンらしいが。(2013.02.20)