TOHO見聞録1970/vol.35（ヴィーン）

西ヨーロッパの巡業スタイル

　ヴィーンから我々の一行の足として活躍してくれる2台のバスの乗ってザルツブルクへ向かう。4人のドライバーは皆スイス人で、大変気の良い連中ばかりである。中でもトニー・ザイラー（オリンピックの金メダリストで映画にも主演した人気者と同姓同名）という若者は、ひょうきんでメンバーともすぐうち解けてしまう。早速桐朋学園の旗をポールに揚げてげて走る。このバスはアウトバーンの発達したドイツで製造されただけに高速走行時の快適さは抜群である。スーツケースも全部床下に収納出来るため、移動がまったく楽になった。今日は300キロを超える移動の後、リハーサルと本番を控えているため、最初の予定を変更して、リンツには寄らずに、ザルツブルクへ直行することになった。したがって、昼食もザルツブルクでとることにして、出発時間を繰り上げる。東欧ではスケジュールはすべて、向こうまかせで、こちらが口を挟む余地はなかったが、西欧に入ってからは、マネージャーとトラベルエージェントが別になっているため、お互いの連絡が十分でない面もあって、毎日スケジュールをシュミット氏と打ち合わせ、場合によっては変更させなければならない。その上、トーサイがまた、新しいアイディアなどを出してきたりした日は、シュミット氏を説得するのに大変手間がかかったりする。

　その点でスタッフの仕事は一層きつくなっ て来る。ヨーロッパでは一般にコンサートの開演時間が遅いため、若いメンバー達が空腹を訴えてくる。しかし、中間食や夜食をホテルやレストランに注文すると、莫大な費用がかかり、とても経済的に成り立たない。そんなことで、コンサートのある日には、コーラ・ジュース・牛乳などの飲料と手作りのサンドイッチをスタッフ一同で都合する習慣が出来てしまった。これも、移動・リハーサル・本番というスケジュールを続ける以上どうしても必要なことなのだが、パンなどは、ヨーロッパの習慣として毎日新しいものを、その店で焼いて売るので、午後になると、１軒のパン屋に急に飛び込んで80人分のパンを買うことは出来ない。結局、数軒のパン屋を廻って種々雑多なパンを買い集める。しかも、配達などというサービスは存在しないため、我々は毎日コーラやパンを抱えて街を走り回ることになる。時々、お節介なおばさんに捕まり「お前達は町中のパンを買い占めてどうするのだ！」と詰問され、不自由な言葉で事情を説明させられたりする。そのうちにこれが習慣になると、バスが街に入ってきた時に無意識に車窓からパン屋を探すのが習い性になってしまう。

ザルツブルクに向かう車窓風景

グロッケン・トゥールム

市街地から見上げるホーエン・ザルツブルク城

ザルツブルク・モーツアルト音楽院正面

音楽の故郷ザルツブルク

　ザルツブルクはモーツァルトの生まれた街であり帝王カラヤンの故郷でもある。この街のモーツァルテウム音楽院ホールはこの街にふさわしく、収容人員が900人ほどの中ホールであるが、ロココ風で大変美しい。我々のような60人程度の弦楽オーケストラには最適である。このホールのハウスマイスターは 大変頑固者で、この由緒あるホールを一人で守っていると言わんばかりに、一々細かいことに文句を言う。
　メンバーも大分この被害にあって、頭に来ていたが、聴衆はとても暖かく、今夜我々が演奏したヴィヴァルディ『四季』（斉藤秀雄指揮）、シェーンベルク『浄夜』、小山清茂『アイヌの唄』（以上曲2は秋山和慶指揮）に万雷の拍手を送ってくれたし、帰り道でも口々に「ファンタスティック」と言いながら握手を求めて来た。

　明日は朝食・夕食以外はまったく自由行動という予定なので、メンバーもグループごとに楽しい計画を練っているようだ。夜空の星が明日の快晴を約束してくれている。明日の自由行動がメンバー達のストレスを解消してくれることを祈るばかりだ。

モーツアルト音楽院大ホールGP

モーツアルト音楽院大ホールのオルガンとシャンデリア

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