TOHO見聞録1970/vol.23（ソフィア）

共産圏ツアーを振り返って

　今日は朝から観光とショッピングに出かけた。
　まずは、アレクサンドル・ネフスキー寺院を見学。
　会堂の中では日曜日のミサが行われていた。
　ギリシャ正教（ここではブルガリア正教と呼ばれる）の儀式は荘厳で美しい。ソ連では宗教が禁止され、数々の教会が破壊されたり、博物館にされたりしたようだが、ここブルガリアでは素朴で信心深い人々から宗教を取り上げることはできなかったようだ。
　ガイドは寺院の地下にある宝物殿を見せようとしたが、メンバーたちが早くショッピングに連れていくようにせがむので「なぜこんな貴重な宝物を見たがらないのか」と不思議がっていた。彼らには買い物好きの日本の若者の心理はとうてい理解できないだろう。

　午後はリハーサルを経て７時半からホール・ブルガリアで本番がおこなわれた。
　今日の曲目は、ヴィヴァルディ『四季』（井上道義指揮）、バーバー『弦楽のためのアダージォ』、チャイコフスキー『弦楽セレナーデ』（以上２曲は秋山和慶指揮）の３曲である。
　ホール・ブルガリアは収容人数1200名とけっこう大きめだったが、なんとも殺風景な内装で、響きも渋い。おまけに用意されたチェンバロの状態が最悪で使い物にならず閉口したが、これがソフィアにある２台のチェンバロのうち良い方だというのだからあきれかえる。
　しかし、聴衆は素朴で、心から我々の演奏を楽しんでくれた。コンサートが終わって、我々がバスで引き上げようとすると、大勢の人たちがバスの周りに集まり、盛んな拍手で見送ってくれたのには感激した。

　日本食が恋しくなった時のためにと大量に用意してきたインスタントライスとお茶漬けの素がさっぱり減らないので、今夜は全員に特別配給したが、熱湯が手に入らず食べることができなかった。海外で熱湯を手に入れるのがこんなに難しいとは出発前には予想できなかった。

　明日は朝５時に出発なので早々に床についたが、深夜になって気温がどんどん下がってきて「寒くて寝られない」という苦情が殺到した。
　しかたなくホテルのフロントまで行って毛布を76枚出してもらったが、ブルガリア語以外まったく通じない夜勤のフロント係相手にいったいどうやって話をつけたのかまったく思い出せない。
　おそらく、もはや言葉の問題を超越した気迫のようなものがわが身から放出されていたのだろう。

　今夜で東欧圏もやっと終わりだ。
　ここまで、社会主義国を全部で６カ国まわったわけだが、風土や民族の歴史、宗教などによる価値観の違いがいかに大きいか、それをまったく同じ制度や政治手法で治めることがいかに困難であるかを学んだ。
　理想としては社会主義はまことにけっこうであるが、国民全員が平等などということはありえないし、たとえどんな制度をしこうと、特権階級が生まれたり、反体制に対する弾圧が行われたりする世の中で、人間が本当に平和で幸せな生活をすることなどできない。
　日本には日本の問題があるが、とりあえず平等で平和な生活が送れる国で生活できることをありがたく思った。

　一寸先はどうなるかわからないような緊張が続いて神経をすり減らした毎日だったが、同時にこの３週間、未知の領域だった共産圏ツアーをこなしたことで「もうなにが起こっても驚かない」という耐性はついたような気がする。
　とにかくこれで第１の難関は突破できた！

アレクサンドル・ネフスキー寺院外観

アレクサンドル・ネフスキー寺院内でおこなわれていた早朝ミサ

日曜のソフィア市内はひっそりとしていて人影もまばら

夜のアレクサンドル・ネフスキー寺院

ホール・ブルガリア外観

ホール前に貼られていたポスター

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