10月23日(金)──快晴
行 程 |
8:00 ナポリ到着
午前→市内観光
午後→リハーサル
18:00〜本番(13回目)
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---|---|
演奏会 |
テアトロ・サン・カルロ(ナポリ)
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宿 泊 |
ホテル・アンバサダー(ナポリ)
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時 差 |
-8時間(東京比)
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通 貨 |
100リラ=約58円(イタリア)
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行 程 |
8:00 ナポリ到着
午前→市内観光
午後→リハーサル
18:00〜本番(13回目)
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演奏会 |
テアトロ・サン・カルロ(ナポリ)
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宿 泊 |
ホテル・アンバサダー(ナポリ)
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時 差 |
-8時間(東京比)
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通 貨 |
100リラ=約58円(イタリア)
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今回の旅程の中で一番楽しみにしていたもの……それは「船から見るナポリ湾の日の出」だった。
雨はやんだものの、雲が多いので日の出が見られるかどうかはギリギリまでわからなかった。
日の出の時間が何時になるのかも見当つかなかったため、確実性を期して午前4時に起床した。
甲板に出ると、あたりはまだ真っ暗だったが、雲間から無数の星が見えた。
これはいけるかもしれないと期待が高まった。
気温がかなり低かったのでいったんキャビンに戻ってセーターを着込んだ。
これからいよいよナポリに着くと思うとワクワクした気分が抑えられず、誰もいないのをいいことに海にむかってナポレターナを歌ったりした。
しばらくすると水平線の果てに灯火が点々と見えてきた。
船員たちも起き出してきて仕事にとりかかり始めた。
「ブオン・ジョルノ!」と陽気に声をかけてくる船員たちに、私も大きな声で「ブオン・ジョルノ!」と挨拶を返す。
「ヴェスヴィオ山の方角はどっちだ?」と尋ねたら右舷のほうだと教えてくれたが、「雲がかかってるから今日は見えないかもしれないな」と言われた。
たしかにまだ雲が多いようだ。
半分諦めながら船員たちと片言のイタリア語で無駄話をする。
2時間ほどたった頃、船はナポリ港に入港した。
……と、まさにそのときだった!
ヴェスヴィオ山の頂上付近を覆っていた黒い雲が割れ、深紅の糸が稲妻のように目に飛び込んできた。
それを合図に、息をのむような見事な日の出が始まった。
今までケチケチとフィルムを使ってきたが、このときばかりは我を忘れてシャッターを切り続けた。
「ファンタスティーコ!クワンテ・ベッルラ!」と興奮さめやらない私を見て、船員たちが笑いながら「おまえは幸せな奴だな。乗客でこの日の出を見たのはお前だけだぞ!」と口々に言う。
そう言えば、仲間たちはまだ誰も起きてきていない。
なにやら私一人だけが幸せをつかんだような気分だ。
船員たちはさらに悪のりして「『ナポリを見て死ね』という言葉があるが、おまえはこんな美しい日の出を見られたのだからもう思い残すことはないだろう。今すぐ海へ放り込んでやろうか」と私を抱きかかえて海へ落とす真似をした。
太陽が海面いっぱいに光をまき散らし、キラキラと輝きだしたころ、ようやくメンバーが少しずつ甲板に出て来始めた。
ナポリの街の白い建物が朝日に染まって真っ赤に輝いている。
これは一生忘れられない光景になるだろう。
停泊した船の中で朝食をとってから下船し、バスに乗ってナポリ一の観光スポットであるボメロの丘へ向かう。
ここからの眺めは、名テノール、タリアヴィーニのカンツォーネアルバムのレコードジャケットで見た景色そのままで、正面にヴェスヴィオ山が見え、右手にはナポリ湾が広がり、左手にはアルプススタンドのように街が広がっている。
まったくできすぎとも思えるほどの舞台装置である。
ホテルは「アンバサダー」といって、ナポリでは一番高い31階建ての建物だった。
私の部屋は25階だったが眺めがよくてご機嫌だった。
最上階のグリルで昼食をとったが、ここがまた展望台のように景色がいい。
正面は海で、遙か沖合にアメリカの軍艦が停泊しているのが見える。
イタリアに来てからは食事の質が一気にあがり、みんな大喜びである。
ナポリ湾の日の出
ナポリ港到着
ボメロの丘
演奏会場のサン・カルロ劇場は、イタリアで最もメジャーな歌劇場の1つだけあって、雄大かつ絢爛豪華なホールであったが、外観はオリーブ色のあまりパッとしない建物である。
ここでも、オーケストラは豪華な緞帳の前に置かれているため、きわめて響きの悪い状態で演奏しなければならなかった。
今日は久しぶりに客席で聴いたが、イタリア人のよくしゃべることといったらまったく信じられない。
指揮者が出て来ても拍手をしながら大声でしゃべっているし、演奏が始まっても大げさな手振りが止むことはない。
あまりにうるさいと、客席の前の方の客が立ち上がって後ろを向き、口に手を当てて「プッス・プッス・スィレンツィオ!」と叫ぶ。
何度かそんなことを繰り返し、ようやく客席が静かになる。
こんな具合だから、シェーンベルクの『浄夜』のようなピアニッシモから始まる曲のときはこちらまでヒヤヒヤしてしまった。
しかし、決して聴いていないわけではない。
聴き、なおかつその瞬間に感じたことをリアルタイムで実況しているのである。
曲の途中で席がガタガタ揺れるので何事かと思って振り向いてみたら、60歳ぐらいのおじさんが感に耐えないような顔をして「ブラヴィ!」と言いながらうめくように旋律を歌い、背もたれにつかまって拍子をとっていた。
日本ではまずお目にかかれないシーンである。
休憩時間になったのでホワイエに出てみた。
大理石とシャンデリアに輝くホワイエの中を、やたらと着飾った老婦人たちが水族館のいわしの群れのように同方向にむかって回遊している。
ここでもやっぱり全員が大声でしゃべっているため、空間全体がワンワンいう響きで充満していた。
バルへコーヒーを買いに行くと、私を指差して笑っている人がいる。
笑われて自分が黒いスーツに白い運動靴という珍妙な格好をしていたことに気がついた。
そういえば、メンバーの一人に「ホテルに靴を忘れてきたから貸してくれ」と頼まれ、代わりに渡された白い運動靴を履いていたのだった。
すっかり忘れていて恥をかいた。
この日の曲目は、モーツァルト『ディヴェルティメント』、ストラヴィンスキー『ミューズを司るアポロ』(以上2曲は小泉紘指揮)、シェーンベルク『浄夜』、小山清茂『アイヌの歌』(以上2曲は秋山和義指揮)の4曲。
アンコールには特別にチャイコフスキーの『弦楽セレナーデ』のワルツ部分を演奏したが、私の周囲に座っているおばさんたちは曲名を知らなかったらしく、「この曲はなんだ!」と騒いでいる。
日本の聴衆なら、曲名を知らなくても澄まして聴いているものだが、こちらでは「知らないことが恥ずかしい」とは思わないらしく、手拍子をとりながら「何だ!」「何だ!」と無邪気にまわりの人に聞いているので笑ってしまった。 アンコールの最後にパガニーニの『無窮動』を演奏すると、やはり自国の作品だけに大喝采を浴びた。
私が関係者だとわかったのか、「ブラヴィッシモ!」「ファンタスティーコ!」と握手を求めてくる人も大勢いた。
とにかく何から何まで大らかで屈託のない連中である。
いい気分でホテルに帰って窓から夜景を眺めると、丘の上の建物がライトアップされ、海岸線には灯火が点々と続いている。
街の中心は車のテールランプが赤い尾を引き、いつまで見ていても飽きることのない美しい光景だった。