TOHO見聞録1970/vol.20（ベオグラード）

綱渡りの一日

　今日は、夜に本番をおこなったあと、そのまま夜行列車に乗ってリュビリアーナに向かう予定だった。
　朝からの練習が順調に進行したため、午後は練習をやめて休養にあてようということになった。明日も演奏会の後に夜行で移動というハードなスケジュールなので、体力を温存したほうがよいと思ったのだ。

　この判断はじつに正しかった。
　というのも、午後になっていきなりホールで映画会がおこなわれることがわかったからだ。今日は一日ホールを使ってもいいことになっていたはずなのだが、例によっていい加減な手配でダブルブッキングになっていたようだ。
　危ないところだった。もし我々が当初の予定通り午後も練習していたらどうなっていたことか。
　まったく社会主義国は一寸先の予定もどうなるのかわかったものではない。よほど余裕をもってスケジュールを組まないとヒヤヒヤさせられどおしである。

コロヴィアック大学ホールでのリハーサル風景。指揮者は小泉氏。

　ホッとしたのもつかのま、今度は映画会が延々と続いていっこうに終わる気配をみせない。
　コンサートの開演が遅れたら、終演後の汽車の時間に間に合わなくなってしまう。
　やきもきしながら待ち続けたが、開演30分前にようやく映画が終了。コンサートは予定通りスタートした。
　今日の曲目は、モーツァルト『ディヴェルティメント』、バルトーク『ディヴェルティメント』（以上２曲は小泉紘指揮）、ストラヴィンスキー『ミューズを司るアポロ』、小山清茂『アイヌの歌』（以上２曲は秋山和慶指揮）の４曲である。

　休憩時間に一人のお年寄りが指揮者にサインを求めてやってきた。
　差し出されたサイン帳を見せてもらったところ、トスカニーニ、フルトヴェングラー、ニキッシュ、ワインガルトナーなどのサインが並んでいた。
　相当年期の入ったファンのようだ。

　コンサート終了後、火事場のような騒ぎで楽器を片付け、駅へ直行して無事夜行列車に乗り込んだ。
　寝台車はリーゲンワゴンとシュラーフェンワゴンに分かれていて、リーゲンワゴンは横になるだけの設備しかないのに対し、シュラーフェンワゴンはコンパートメントに３段のベッドがあり、ゆったりと寝ることができる。
　まさに、「リーゲン（横になる）」「シュラーフェン（眠る）」という名称そのものである。

　あいつぐ予定外の出来事にハラハラドキドキしたり、メンバーたちに与える食料を買いに町中を走り回ったりと大変な一日だったが、コンサートは大成功だったため、疲れもふっとんだ。

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