TOHO見聞録1970/vol.21（リュビリアーナ）

２時間限定の特権階級

　朝６時頃。列車内が騒然としているので目が覚めた。
　どうやら暖房の具合が悪かったため、リーゲンワゴンに寝ていたメンバーたちが寒さで眠れなかったようである。この辺を走っている老朽車両にはよくあることらしい。
　たしかにモスクワで乗ったような快適な夜行列車ではないので文句が出るのはしかたがないが、シュラーフェンワゴンで安眠していた指揮者やスタッフを責めるかのような物言いには少々ムッとしてしまった。

　約１時間の遅延で正午すぎにリュビリアーナに到着。
　夜の本番に備えて休息をとることになったが、なぜか休息のためだけにここからさらにバスに乗ってクライナという街まで連れて行かれた。
　クライナはリュビリアーナから南へ30キロほど行ったところにある有名なリゾート地である。夏は避暑地として、冬はスキー場として賑わうそうだ。山を越えればもうイタリアのトリエステという場所だ。

　クライナのホテルで２時間ほど休息をとったが、このホテルの立派さにはびっくりした。東京の新しい一流ホテル並である。設備はもちろんのこと、部屋からの眺めもすばらしかった。
　ここはいったいどのような人たちが泊まりに来るのだろうか。少なくともベオグラードで見た一般の人々が来るとは思えない。やはり一部の特権階級の人々のために作られた施設なのだろう。

　しかし、どんなにすばらしいホテルでも、いや、すばらしければなおのこと、たった２時間で追い出されるのはつらい。このところひどいホテルが続いていたので「なぜ今夜はここに泊まらせてもらえないのか」といっそううらめしい思いだった。
　メンバーも「これじゃ泣かない子を泣かすようなものだ」とぼやいていた。

リュビリアーナに向かう夜行列車から見た朝の風景。

リュビリアーナの街並み。

クライナに向かうバスから撮影。

クライナのホテルからの眺め。

特権階級から難民へ

　つかのまの特権階級気分を味わって再びリュビリアーナへと引き返す。
　リュビリアーナはベオグラードとはうって変わって落ち着いた風情のある街だが、小さいながらもやはりオーケストラを持っているし、フィルハーモニーホールもある。

　夕方にリハーサルをおこない、午後８時に本番がスタートした。
　曲目は、ヘンデル『コンチェルト・グロッソ』、モーツァルト『ディヴェルティメント』、ヴォルフ『イタリアン・セレナーデ』（以上３曲は尾高忠明指揮）、ストラヴィンスキー『ミューズを司るアポロ』、小山清茂『アイヌの歌』（以上２曲は小泉紘指揮）の５曲だった。
　コンサートは今日も大成功だったが、その後に地獄が待っていた。

　本番終了後、0時55分発の夜行に乗る予定だったのだが、その列車が待てど暮らせどいっこうにホームに入ってこないのだ。
　吹きっさらしのホームで凍えそうになりながら、皆、足をバタバタさせたり、しまいには鬼ごっこまでしながら体を温めて列車を待った。
　午前２時頃、ようやく列車に乗り込むことができたが、今度はベッドが足りなくて６人定員のリーゲンワゴンに９人詰め込んで寝ることに。

　このような手違いは今までにも山のようにあったが、その場ではどこにも文句を言う場がなく、かといってあとで抗議をすれば「お気の毒でした」の一言で終わりになるので、どんなに腹がたっても黙って受け入れるしかない。

　この列車にはギリシャ人の季節労働者などですし詰めの状態で、難民列車のような様相を呈していた。
　午前４時頃、うなされて目を覚ます。
　昨夜のように寒い車両があるのではないかと見回ってみたところ、今度は反対に暖房がききすぎているようで、皆、扉を開けっ放しで寝ている。
　ふと見ると、まわりにうさんくさい男たちがうろうろしていたため、心配でついにそのまま朝まで見張りをすることになってしまった。
　夜行移動が効率的なのはわかるが、さすがに２日連続ではへとへとだ。

　その代わり、その日は果てしなく広がる草原から真っ赤な太陽が昇っていくのを見ることができた。
　満州生まれの私にはとても懐かしい風景だった。
　この広さはやはり大陸でなければ味わえない。
　島国根性の日本でしばしば居心地の悪さを感じるのは、幼少期にこの朝日を見て育ったせいかもしれない。
　まさに大地は母のような存在である。

リュビリアーナで演奏した会場。

ホールのチケットブース。

フィルハーモニー・ホールでリハーサル中のメンバー。

同じくリハーサル中。客席からにらみをきかせているトーサイ。

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