TOHO見聞録1970/vol.49（ハイデルベルク〜ライツ）

田舎のいなか

　ドイツ国内の演奏地としては最も名の知られていない街ライツはケルンとボンの間あたりにある工場街である。ハイデルベルクから３００キロ以上あり、途中のスィーブルクの小高い丘の上にあるレストランで昼食をとり、６時間の移動である。

　景色にも飽きて、やっと寝付いたころにバスが止まり、シュミット氏の「ヴォー・イスト・デア・バーンホフ？」（駅はどっちですか？）と道を尋ねる声に夢を破られる。どうも、あの鼻にかかったドイツ語が気になる。ライツは田舎といっても、村と言う感じではなく、労働者風の人が溢れ、堅実そうな感の街である。

　このところ、分宿と風呂なしが続いて、皆、いささかげんなりしている。風呂に対する日本人の思い入れは強く、清潔を保つこと以上のものがあるように思えるが、乾燥したヨーロッパでは水で身体を拭くのと大して変わらないらしい。
　私など、日本に居れば風呂にそれ程執着しない方だと思うが、その私でさえ、風呂の夢を見るくらいだから、風呂好きのひとにとっては、我慢ならないと言った心境のようだ。
　「あーぁ、一風呂あびて、剣菱を一杯キュッとやりたいね」「肴はくさやの干物かな？」などと皆の我慢をあざ笑うような自虐ネタが聞こえてきたり、どうも、危険な雰囲気である。

　団長を通じてホテルのグレードアップを要求しているが、これだけ辺鄙なところで、この大所帯となると、そう簡単に変更は出来ないようだ。

　当初の計画が、倹約を第一に考えすぎたようだ。しかし、このような旅行自体が初めてなので下見など考えも及ばなかったのだろう。今はとにかく、何とか切り抜けるしかない。

　今夜の音楽会は、ヘンデル『コンチェルト・グロッソ』、モーツァルト『ディヴェルティメント』、ヴォルフ『イタリアン・セレナーデ』（以上３曲尾高忠明指揮）、シェーンベルク『浄夜』、小山清茂『アイヌの歌』（以ライツ２曲秋山和慶指揮）であったが、さすがに、この街での演奏が今までで一番出来が悪く、連日の強行軍が、そろそろ身にこたえてきたようだ。
　こんな田舎では同窓生も居まいと思っていたら、ケルンやデュッセルドルフあたりから、大勢集まって来る。ケルンオペラの専属歌手である河原洋子さんも駆けつけてくれたが、彼女の活躍は目覚ましく、この街のフィルハーモニーのベートーヴェンの第九のソリストとして、ポスターにも大きく名前が載っている。

　今日は金曜日とあって、中間食を仕入れにいったスーパーマーケットでも、週末の買い物客で満員で、買い物に来ていたおばさん達をかき分けて、パンを８０個買い占めたところ、非難ごうごうで酷い目にあった。
　ホテルの部屋も屋根裏で屋根の傾斜が頭にのしかかって来るような圧迫感があり夢見も悪そうだ。

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