11月8日(日)──曇り後雨
行 程 |
午後→リハーサル
20:00〜本番(22回目)
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演奏会 |
ヘルクレス・ザール (ミュンヘン)
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宿 泊 |
ダーハイム/ダニエルに分宿 (ミュンヘン)
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時 差 |
-8時間(東京比)
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通 貨 |
1マルク=90円(ドイツ)
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朝起きると早速斉藤教授から昨夜の件について、たっぷりお説教をくらった。
その上「昨夜、君達が飲んだくれている間に僕はメンバー達のバイオリンの弓の毛替えを頼みに行ってきた。今日はこれから受け取りに行かなければならない。どこのオーケストラだって、こんなことを指揮者がやるなんてあり得ない。」と怒っているので、やや、売り言葉に買い言葉続で、「そんなことご自分でおやりにならなくとも、私に一言いって下されば、私が行ったのに・・・」と言うと「それじゃ、これ取りに行って頂戴」と預かり証をよこした。
しかし、場所も教えてくれないし、昨夜着いたばかりでこの街の地理が全く判らない。
タクシーに乗れば何とかなるだろうと思い、中央駅まで歩いて行って、タクシーに乗り預かり証を見せると簡単に連れて行ってくれた。
車を降りてみると、アパートの一階にヴァイオリンなどが並べてある店がある。
ところが迂闊なことに今日は日曜日で店は休みらしく、呼べど叫べど誰も出てこない。
途方にくれて、アパートの表札を見ていると、3階にこの楽器屋の主人の住まいがあることが判った。3階まで上がって、ベルを押すと、7・8歳の男の子が顔をだし、父親は留守だという。知っている限りのドイツ語を並べ立てて事情を説明しても、父親は留守だの一点張りである。
その内物音を聞きつけて母親が出てきて、やっと話が判り、店からできあがった弓を取ってくるから、上がって待っているようにといって、ダイニングルームに通してくれる。
男の子が2人いて、一生懸命絵を描いている。手持ちぶさたなので、画用紙をもらって私も一緒に汽車の絵を描いて見せると、大喜びして、すぐに仲良くなる。
母親が戻って来たので、我が家の子供の見せたいからと言って、子供達の絵を貰い、弓の修理代を払ってアパートを後にする。子供達が手をつないで一階まで見送ってくれた。
帰りはタクシーが捕まらず、道を尋ねながら歩いてホテルまでたどり着いた。
その後はホテルと会場の往復、病人の対策などに走り回り、夕方、ミュンヘン・リーム空港まで病人を迎えに行く。
中央駅からタクシーで30分ぐらいの所だが、このタクシーの運転手がよくしゃべる男で、道中いろいろ質問してくる。はじめは一生懸命返事をしていたが、だんだん面倒になったので、「私はドイツ語が判らない」というと「今までしゃべっていたじゃないか!」と怒り出してしまった。
空港へ着くと今度は「雨が降ってきたから、帰りのタクシーが捕まらない困るだろうから、待っていてやる」と云ってきかない。仕方なしに30分待つようにいって車を降りてしまった。
ところが、飛行機が遅れ、45分過ぎて戻ると、雨の中ちゃんと待っているのではないか!しかも、「ほかの、大勢のお客が乗せろと云ってきたが、お前が可愛い女の子を二人連れて来ると云ったから、楽しみに待っていたんだ」と云う。
まったく、ドイツ人のお節介も相当ものだ。
病人は意外に回復が遅く、とても演奏ができる状態ではない。また、ミュンへンで休養させて、フランクフルトへ直行させることにする。
ミュンヘンのレジデンツの中にあるヘルクレス・ザールが今夜の会場だが、このホールはドイツ・グラモフォンがしばしば録音に使っているホールで、響きもよく、ヘンデル『コンチェルト・グロッソ』、モーツァルト『ディヴェルティメント』、ヴォルフ『イタリアン・セレナーデ』(以上3曲尾高忠明指揮)、チャイコフスキー『弦楽セレナーデ』、小山清茂『アイヌの歌』(以上2曲斉藤秀雄指揮)、のプログラムで挑戦した我がオーケストラは実力を出し切った素晴らしい演奏であった。
病人を送るつもりでリザーブしたシュトットガルトのホテルを病人が使わなくなったため、斉藤教授夫妻に本番後直行して宿泊してもらう。
これからが、この旅行の最後の山場で、ますます強行軍が続く。
ヴァイオリンの弓の毛替え品
ヴァイオリン(擦弦楽器)は弓を使うが、弓とはブラジル産のベルナンブコという木を使い、まっすぐに切り出したものを曲げて、そこに、蒙古白馬の尾の毛をはったものである。
その上、この張った毛に松脂を塗って摩擦力をたかめるため、弓に張られた毛はある種、消耗品である。
弦楽器奏者はある頻度で毛替えをするが、実際にプロのオーケストラ奏者に尋ねたところ、普通は2・3か月に一回毛替えをするのだそうである。
ところで、トウサイが私に毛替えの出来上がった弓を取りに行くように命じた件であるが、私は面白い体験をすることができたと思っているし、今となっては良い思い出なのだが、ただ、なぜあの時点(旅行に出てから44日目)で毛替えが必要になったのかが、ちょっと、引っかかっていた。
普通弦楽器奏者は2本の弓をケースの中に入れている。
ということは、旅行の出発する直前に毛替えをしておけば、少なくとも4か月は毛替えの必要はないはずということだ。
もちろん、予備に持っている弓はあまり使いたくないのかも知れないが、それでも、一本が健全であれば、いくら練習が多いにしても対応できると思われる。
要するに、あれだけ用意周到なトウサイも事前に弓の毛替えをするようにという注意をしてなかったのではないか?
本来プロの弦楽器奏者であれば、当然自分でチェックすることであるが、学生たちにとっては、そこまで頭が回らなかったのであろう。
世の中には消耗品の期限はあまり気にしないが、賞味期限だけはやけにうるさい人が居るが、このような専門的な消耗品については本人が自覚を持たないと信用にかかわることになる可能性がある。
(2013.04.20)