TOHO見聞録1970/vol.16（ブダペスト）

安息日の演奏会

　今日は日曜日。
　こちらに来てつくづく日本との差を痛感するのはこの「日曜日」のありかたである。
　日本では、キリスト教信者でもない限りは日曜日が祈りと安息のためのものだという意識がなく、ただ単に「仕事が休みで家族や友達と遊びに行ける日」といった程度にしかとらえられていない。
　下手をすれば書き入れ時とばかりにサービス業はフル回転することさえある。

　しかし、ヨーロッパにおける日曜日は文字通り安息日（働いてはいけない日）であり、商店もタバコ屋とカフェ以外はほとんど全部閉まってしまう。
　日本でも終戦直後にマッカーサーの指示で日曜日にデパートを休みにしたことがあったが、いつの間にかまた元通りになってしまった。
　やはり意識が根本的に違うのだろう。

　本来、社会主義では宗教を認めていないのだが、ソ連以外の東欧諸国ではそのへんの縛りもゆるいようで、人々は日曜の朝になるとごく普通に教会のミサに行き、そのあとは友人の家を訪問したり、家族と公園を散歩したりして過ごしているようだ。
　そんなわけで、今夜は本番があるのだが（日曜に本番があるのは今日が初めてになる）、ハンガリー側のマネージャーはいっこうに仕事する気配が見えない。我々がいろいろ打ち合わせをしようとしてもさっぱり事が進まないので困ってしまった。

　お天気もよかったので、午前中は自由行動にして、中原さんや在留の日本人の方々の案内でドナウ河の河畔まで出かける。
　ドナウ河は噂のとおり雄大な河で、両岸の景色も見事だった。ブダの丘にあるマーチャーシュ教会から見おろす眺めはまさに絶景で、遠く下町のペストを見渡すことができる。

　1867年、オーストリア皇后エリーザベトの尽力でオーストリア・ハンガリー二重帝国が成立したとき、ここマーチャーシュ寺院でフランツ・ヨーゼフの戴冠式が行われたという。
　ハンガリー贔屓だったエリーザベトの人気は絶大だったようで、寺院の二階のバルコニーにもエリーザベトの像が建っていた。

　午後のリハーサルのあと、７時半に開演。
　今日の本番の会場はリスト音楽院大ホール（1200人収容）だ。金色の装飾が施されていて、まるで寺院のようなホールである。
　曲目は、モーツァルト『ディヴェルティメント』、バルトーク『ディヴェルティメント』（以上２曲は小泉紘指揮）、シェーンベルク『浄夜』、小山清茂『アイヌの歌』（以上２曲は秋山和慶指揮）の４曲。

　結果は、少々調子が良すぎるほどの成功で、特にバルトークの『ディヴェルティメント』とシェーンベルクの『浄夜』に対する聴衆の反応は熱狂的だった。
　「ソ連でチャイコフスキーを演奏する」「ハンガリーでバルトークを演奏する」──しかもプログラムの中心として──それががどんなに冒険であるかということは重々覚悟の上で臨んでいる。それだけにこの成功は我々にとってまさに大きな喜びであった。
　トーサイも永年の指導の成果が本場で認められて本当に満足だったことだろう。

　今夜は、レニングラードのアルヴィード・ヤンソンス氏が再び演奏会を聴きにきてくださった。たまたま当地に仕事で来ていたらしいが、よほど桐朋学園のオーケストラが気に入られたらしい。
　ありがたいことである。

英雄広場。

マーチャーシュ教会。

ブダの丘に向かうメンバーたち。

ブダペスト市内の公園。

リハーサル中のオーケストラ。指揮は小泉氏。

リスト音楽院大ホールの内装。

舞台袖から写した本番中のオーケストラと指揮者（秋山氏）。２階の桟敷席の一番左端にヤンソンス氏も写っている大変な貴重な写真だ。

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