TOHO見聞録1970/vol.39（ドルンビルン）

小さな親切、大きなお世話

　今日は日本に居れば文化の日、学校では学園祭の最中で、毎年学生部としては朝から学校に張りつかなければならない日であるが、私が居なくても何とかやっているだろうと思うと妙な気分である。

　朝食のあと、この街の古い木造建築でも見てあるくかと思い、宿の玄関まで降りていくと、斉藤教授夫妻とばったり会う。斉藤教授は今日のコンサートは指揮をしないためか、妙に機嫌がよく、「いつも君たちに苦労をかけているから、今日は僕も一緒に夜食のパンを注文しに行こう」と張り切っている。何か悪い予感がしたが、逆らっても仕方がないので、謹んでお供すると、得意のドイツ語でパン屋と話を付けてしまった。

　これで今日の仕事は半分片づいたと安心して、街をぶらぶら見物しながら帰ってくると、ホテルの前で添乗員のシュミット氏が不機嫌そうな顔で私を待っていて、顔を見るなり「勝手に宿に食料を持ち込んでサンドイッチなどを作っては困る」と怒っている。何事かと思ってよく聞いてみると、宿の一階にある肉やでソーセージを注文したため、宿の主人にバレてしまったらしい。

　「しかし、もうパンは注文してしまったし、今更中止はできない」と云うと、「それなら俺が行って注文をキャンセルするから、そのパン屋に案内しろ」と今日はやけに威張っている。仕方なしに、今度はシュミット氏のお供をして、再びパン屋へ行き、キャンセルしてもらい、シュミット氏の後ろで「エントシュールディゲン・ズィ・ミッヒ」と云っただけで、舌を噛みそうになった。ドイツ人がなかなか謝らないのは、この発音しにくい言葉のせいかと妙に納得させられた。
　結局、肉やに注文したソーセージは宿が買い上げ、茹でて出すということでけりがついたが、手数料をとられてしまった。

　この会場はメッセ・ハルレといって街の体育館兼ホールといった感じであまり感心出来ない。それでも、本番はどこからこんなに人が出て来たのか不思議なくらいの大入りで、ホールの残響も少し治まったようで、なかなかよい出来であった。本番後食堂でソーセージを食べて今日の予定は無事終了。

ドルンビルンの素朴な建物

古い木造建築

冴えない演奏会場の正面

体育館さながらのホール

明日からやっとスイス

　明日はまた国境を超えてスイスへ入る。シュミット氏をはじめ、ドライバー達も明日は家に帰れるため、やけにはしゃいでいる。このスイス人達は言葉点では独・仏・英・伊が使えるということで、私のような語学音痴から見ると、羨ましいかぎりであるが、純粋な母国語を持たない国民は一種の不幸な一面も負っているようである。国民は自国語によってその文化を築き上げるもので、文学はもとより、音楽においても、その国の言語が、その国の音楽の根本にあることは見逃せない。

　この点、国際性が無国籍につながり、独自性を失うという一面もあるようだ。日本人が欧米の音楽をうまく演奏するのはなかなか大変であるが、その心を理解する上で自国の文化との共通点を探すことに始まり、日本のように独自の文化を持っている国民は、自然に他国の文化にも興味を持ち、理解も深めていけるのではないだろうか。これからの若い世代は西欧の文化にもっとしなやかに対応し、自然に理解していけるのではないかと期待している。

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